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江府町への想いと未来 ✒️2025年6月

ヒグラシの声を聞くといつも、江府町の空気を思い出します。私は大阪生まれですが、夏休みや冬休みに祖母と過ごしたこの町が好きです。2年前から「二地域居住」という形で月の半分ずつ、江府町と大阪を往復する暮らしを送っています。

自転車で散策していると、あちこちに石碑を見つけることができます。多くは昭和50年代のいわゆる「日本列島改造」期の田んぼや道路、水路の整備を記念した碑です。それから約50年が過ぎ、町の人口は半減しました。先人が築いた田園風景や農業インフラはあっても、それを担う次世代がいない。どうにもならない状況かと思われました。

しかし近年、リモートワークの定着やコンピュータ技術・AIの進歩によって、働き方は大きく変わりつつあります。私も民間企業で働く中で、こうした技術を取り入れています。その結果、地方にいても都市と変わらない仕事(コミュニケーション)が出来るようになり、私のような「二地域居住」の暮らしが可能になりました。

ここには大阪や東京ほどの派手な開発や巨大な建築はありませんが、いたるところに小さくて綺麗な水路があります。木造の建築群、それを田んぼが囲む構成の集落。すべてが人間のスケールです。町で何かしていると誰かが見てくれて、家の前に看板を立てれば声をかけてくれます。一人ひとりの暮らしが町を作っていることを実感できます。

近い将来、大阪都市圏や瀬戸内・日本海へのアクセスに優れ、さらに農業や自然の豊かな江府町の魅力が再発見されると確信しています。これからの50年、子や孫の世代が楽しく暮らせるよう、時代変化の好機に備える政策を進めます。

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